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東南アジア取材( 平成6年 1994年 )その1

終戦50年の企画でインドネシア・マレーシア・シンガポールの3カ国を約2週間にわたって巡りました。初めての海外取材で、3カ国という強行軍でしたのでなかなか大変な取材旅行でした。制作は別の大手制作会社で、そのクルーと行動を共にし、撮影取材のノウハウなどを学ばせていただきました。


外国取材というのは、基本的に言葉が通じませんので、(当たり前ですが・・)計画・準備段階の方が大変でけっこう時間がかかりました。取材ビザ(ジャーナリスト・ビザ)取得から、機材持込の関税免除手続き、取材アポやコーディネート、通訳、ガイドの交渉・選定、事情通の方との面談など、数多くの手続きや準備を半年以上にわたって行った記憶があります。
 

初めてインドネシアのジャカルタ空港に降り立った時は、感慨深いものがありました。何もかもが物珍しく感じたものです。しかし、初日から早くも参ってしまったのが「食事」ですね。とにかく何もかも口に合わなかったです。まず独特の「におい」で参ってしまいます。それはスタッフほぼ全員共通の思いでして、3日目くらいからは迷いなく「日本食」か「中華」にしました。(笑)


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インドネシアでは独立記念日前後でして、どこもかしこも国旗で埋め尽くされていました。インドネシアはベトナム戦争並みの独立戦争をしてますので、「独立」という言葉には特別の想いがあるのでしょう。


そんな取材の中で驚いたのは記念パレードのときに、おばあさんたちがインドネシアの歌に混じって「日本の軍歌」を歌っていたことですね。行く前からそんなこともあるんだと事情通の方から聞いていましたが、実際は半信半疑でした。戦争が終わった後、日本兵の一部の人たちが現地に残って独立戦争に参加しているんですね。個人の意思で。それで千人以上の日本人が戦死しているそうです。そうした人たちは日本では「国を捨てた人」扱いで、恩給も出ないし、もちろん顕彰もされていません。それどころかそんな事実があったことすらほとんどの日本人は知らないのですね。


マレーシアもそうでしたけれど、東南アジアの多くの国が「親日」感情が強いのは単に日本が経済大国だからというだけでなく、そうした歴史があったからなんじゃないか、と思いました。

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